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ハリウッドの異端者にして鬼才、デニス・ホッパーの狂気に満ちた衝撃作。
その革新的な内容ゆえ映画界から追放された問題作が、約半世紀の時を経てよみがえる!
『イージー★ライダー』の大成功後、ハリウッドからの追放をもたらした“呪われた映画”
『ラストムービー』は、『イージー★ライダー』(69)の大成功を受けてつくられたデニス・ホッパーの監督二作目にして、長らくホッパーの作家生命を奪うことになった“呪われた映画”でもある。これまでにない革新的な内容とスタイルで人々を驚かせただけでなく、インディペンデント映画史上空前の興行収入を叩き出し、アメリカ映画業界を根底から揺るがした『イージー★ライダー』によって一躍時代の寵児となったハリウッドの問題児ホッパーは、ユニバーサル製作のもと、長年あたためていた企画『ラストムービー』の撮影にとりかかる。主人公は、ペルーの村へ映画を撮影しに来たスタントマンの男。ドラッグに溺れ、放蕩にふけるうち、男は映画作りを模した村での奇妙な儀式に巻き込まれ、やがて虚構と現実の境目を飛び越えためくるめく世界へと突入する。完成した映画は1971年ヴェネチア国際映画祭で好評を博すが、観客を戸惑わせる難解な内容と前衛的な構成に困惑したユニバーサルのトップにしてハリウッド最大の権力者ルー・ワッサーマンは再編集を指示。それをホッパーが断固拒絶したことで、映画は短期間での公開後ほぼお蔵入りの状態となる。この騒動でハリウッドに嫌気がさしたホッパーはますます酒とドラッグに溺れ、映画監督としてはその後約10年間の空白期間を迎えることになる。
映画とは、芸術とは何かを問いかける、過激な芸術映画にして失われた傑作
ホッパーは主人公カンザス役を自ら演じ、次第に正気を失い狂気に陥る男の様子を見事に画面に刻みつけた。共演は、ベテラン女優ジュリー・アダムス、新人ステラ・ガルシアらの他、映画監督のサミュエル・フラーや盟友ピーター・フォンダ、本作の音楽も手がけたクリス・クリストファーソン、また現地のペルー人たちも大勢出演している。撮影監督は『イージー★ライダー』に引き続きラズロ・コヴァックス。このたび上映されるのは、2007年にホッパー本人とコヴァックスによって監修された35mmプリントの色をガイドにオリジナルネガから4K修復された最新デジタル・リマスター版。日本では1988年の初公開後、31年ぶりの上映となる。映画作りをめぐる物語を幻想的に描き出した本作は、俳優、映画作家、写真家として活躍するハリウッドの異端者デニス・ホッパーだからこそ作れた過激な芸術映画といえる。複雑なプロットや大胆な編集方法で当時のハリウッドを驚愕させたこの失われた傑作は、長い時を経て、映画とは何か、芸術とは何か、という根源的な問いを私たちに投げかける。
ペルーのクスコにある小さな村で、ハリウッドからやってきた監督(サミュエル・フラー)一行は、ビリー・ザ・キッドの生涯をもとにした西部劇を撮影している。初めて映画の撮影現場を見る村人たちは、暴力に溢れた撮影風景を恐怖と好奇に満ちた目で眺めている。スタントマンのカンザス(デニス・ホッパー)も撮影に参加するが、ハリウッドのスノッブさを嫌う彼は、撮影隊の乱痴気騒ぎをうんざりとした顔で見つめている。
撮影隊が帰った後も村に残ったカンザスは、現地で知り合ったペルー人女性マリア(ステラ・ガルシア)と暮らし始め、自然のなかで彼女と過ごす幸福に酔いしれる。だが金塊探しに妄執する友人ネヴィル(ドン・ゴードン)を介して知り合った裕福なアメリカ人、アンダーソン夫人(ジュリー・アダムス)らと戯れるうち、カンザスは徐々に酒とドラッグの世界へはまり込んでいく。
一方、アメリカ人たちの撮影に感化された村人たちは、自分たちの手で“本物の映画”を作ろうと村に集結していた。彼らは木製のカメラやマイクを手に撮影風景を模倣するが、演技という虚構を理解しないこの撮影隊の前では、すべての行為は現実に行われなければいけない。たとえ暴力や死でさえも。
やがてドラッグの見せる幻覚に酩酊していたカンザスは、“本物の映画”で処刑される白人役として担ぎ出され、奇妙で不条理な世界に入り込んでいく――。
1936年5月17日、アメリカのカンザス州ダッジシティ近郊に生まれる。1950年に一家でカリフォルニアへ移住し、ハイスクールに通いながら、女優ドロシー・マグワイアとジョン・スウォーブ夫妻の指導のもと舞台に立つ。54年、ロサンゼルスに渡り、TVシリーズ『メディック』に出演。その演技が注目され、ワーナー・ブラザースと契約を結ぶ。『理由なき反抗』等に出演し主演のジェームズ・ディーンと親交を深めるが、ディーンは55年の9月に交通事故で死亡、大きなショックを受ける。58年に『向こう見ずの男』に出演するも、監督のヘンリー・ハサウェイにたてついたことでワーナーから契約を撤回される。ただしハサウェイとはのちに和解、また翌59年にMGMと新たに契約を結んでいる。この頃NYへ渡り、アクターズ・スタジオで演技を磨きながら、マイルス・デイヴィスやアンディ・ウォーホルなど音楽、絵画の世界に親しむ。また『VOGUE』をはじめファッション誌で写真家としても活動するようになる。写真家としての作品集は後に『Out Of The Sixties』『Dennis Hopper: Photographs from 1961-1967』等にまとめられた。
61年、女優マーガレット・サラヴァンの娘で、舞台で共演したブルック・ヘイワードと結婚。ハリウッドへ戻るも、この頃からドラッグに溺れるようになる。1962年、長女マリンが生まれる。69年、監督・主演した『イージー★ライダー』がカンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞、一躍時代の寵児となる。
70年、『イージー★ライダー』の大成功を受けてかねてより構想していた念願の企画『ラストムービー』製作に取り掛かる。だがその結果ユニバーサルと対立し、映画はほぼお蔵入りとなってしまう。失意のなかハリウッドを去ると再びドラッグと酒に溺れるようになる。71年にミシェル・フィリップスと結婚するがわずか8日間の結婚生活の末、離婚。タオスの映画館を買い取り、この地をコミューンにすることを計画するが、依存症による妄想がひどくなり、銃で武装するなどしばしば警察沙汰を起こす。72年、アントニオーニの映画『砂丘』に主演したダリル・ハルブリンと結婚し、娘ルサーナが生まれる。
80年代から再び精力的に映画に出演し始めるようになり、80年に『アウト・オブ・ブルー』で久々に監督としてカムバックする。だが依存症はますます悪化し、一時期リハビリ施設や精神病院に収容されていたが、旧友バート・シュナイダーに救出される。86年に『ブルーベルベット』『勝利への旅立ち』で全米映画批評家協会賞およびロサンゼルス映画批評家協会最優秀助演男優賞受賞、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされる。88年にはミネアポリスでデニス・ホッパー回顧上映会が催されるなど、俳優としての再評価が始まる。89年、キャスリン・ラ・ナサと結婚、翌90年にはのちに俳優となる息子ヘンリーが誕生(92年に離婚)。96年、ヴィクトリア・ダフィと結婚し一子をもうける。日本には東京デニス・ホッパー・フェスティバルが催された89年以来度々来日し、CM等にも出演。相前後して、日本をはじめ世界各国で写真家・抽象画家としての展覧会が開かれ、2001年にはウィーンで大回顧展が開催されるなど、俳優・映画作家のみならず、アーティストとしても一定の評価を得るようになる。
その後も数多くの映画に出演し、2001年からは人気テレビシリーズ『24』にもゲスト出演をする。08年、フランスのレジオン・ド・ヌール勲章を受賞。同年『パレルモ・シューティング』で『アメリカの友人』以来30年ぶりにヴィム・ヴェンダース作品に出演するが、翌年には前立腺がんであることが報じられる。2010年3月にハリウッドの殿堂入りを果たす。5月29日にカリフォルニアで死去。
アンダーソン夫人|ジュリー・アダムスJulie Adams
1926年、アメリカのアイオワ州に生まれる。49年に映画デビューをし、多くのハリウッド映画やテレビドラマで活躍した(51年から55年までは「ジュリア」名義で活動)。なかでも傑作ホラー映画として名高い『大アマゾンの半魚人』(ジャック・アーノルド、1954年)への出演でよく知られている。その他の主な出演作に『怒りの河』(アンソニー・マン、1952年)、『ミシシッピの賭博誌』(ルドルフ・マテ、1953年)、『マックQ』(ジョン・スタージェス、1973年)等がある。デニス・ホッパーの監督作では『バックトラック』(『ハートに火をつけて』)にも出演した。『ジェシカおばさんの事件簿』『ビバリーヒルズ青春白書』『LOST』『CSI:科学捜査班』などテレビドラマにも多数出演。2019年2月3日死去。
マリア|ステラ・ガルシアStella Garcia
1942年、アメリカのカリフォルニア州LAに生まれる。1960年に出演した「Private Lives of Adam and Eve」(ミッキー・ルーニー、アルバート・ズッグスミス)で女優としてのキャリアをスタートさせた。『ラストムービー』出演後は『シノーラ』(ジョン・スタージェス、1972年)でクリント・イーストウッドと共演した。97年の『不法執刀』(アンディ・ウィルソン)出演後、俳優業はほぼ引退していたが、2014年4月にハリウッドで『ラストムービー』がプレミア上映された際には彼女も出席し、観客や取材陣を賑わせた。
牧師|トーマス・ミリアンTomas Milian
1933年、キューバのハバナに生まれる。NYで育ち、アクターズ・スタジオで学んだあとオフ・ブロードウェイの舞台に立つ。58年にイタリアへ渡ると、マウロ・ボロニーニ監督の『狂った夜』(1959年)『汚れなき抱擁』(1960年)等をはじめ、イタリア映画界で活躍。その後、多くのマカロニ・ウェスタンに出演する。70年代後半以降は、ベルナルド・ベルトルッチ『ルナ』(1979年)やミケランジェロ・アントニオーニ『ある女の存在証明』(1982年)などに出演し、その後ハリウッドへ拠点を移し数多くの映画に出演。その他の主な映画出演作に、『ハバナ』(シドニー・ポラック、1990年)やデニス・ホッパーが主演した『ネイルズ』(ジョン・フリン、1992年)、『裏切り者』(ジェームズ・グレイ、2000年)などがある。2017年3月3日に死去。
ネヴィル|ドン・ゴードンDon Gordon
1926年、アメリカのカリフォルニア州LAに生まれる。1960年に出演したテレビドラマ『ジェット・パイロット』への出演で俳優としてのキャリアをスタートさせ、1961年の『The Defenders』で演じた役でエミー賞にノミネートされた。その後もスティーヴ・マックィーン主演の『ブリット』(ピーター・イエーツ、1968年)、『パピヨン』(フランクリン・J・シャフナー、1973年)、『タワーリング・インフェルノ』(ジョン・ギラーミン、アーウィン・アレン、1974年)などに出演。デニス・ホッパーの監督作『アウト・オブ・ブルー』にもチャーリー役で出演している。
映画監督|サミュエル・フラーSamuel Fuller
1912年、アメリカのマサチューセッツ州に生まれる。17歳で新聞社の事件記者となり、パルプ小説家、シナリオライターとしての活動後、1949年に『地獄への挑戦』で監督デビュー。その後『四十挺の拳銃』(1957年)『ショック集団』(1963年)『裸のキッス』(1964年)『最前線物語』(1980年)などを監督する。俳優としてJ=L・ゴダールの『気狂いピエロ』(1965年)やヴィム・ヴェンダースの『ことの次第』(1981年)などにも出演している。『ラストムービー』出演についてフラーは次のように書いている。「彼(ホッパー)からタフガイ気取りの映画監督役を演じてもらいたいと頼まれたのだ。つまり、わたし自身をからかい半分にパロディ化した役どころである。面白そうだと思ったし、いくらかカネにもなった。おまけに、ペルーに行くのも初めてだったのだ」(『サミュエル・フラー自伝』遠山純生訳)。1997年10月30日死去。
脚本|スチュワート・スターン
Stewart Stern
1922年、アメリカのニューヨーク市に生まれる。デニス・ホッパーが出演した『理由なき反抗』(ニコラス・レイ、1955年)の脚本を手がけたのを機に、1965年に『ラストムービー』の脚本をホッパーと共同で書き上げる。キャリアの初期に手がけた短編『ベンジー』(フレッド・ジンネマン、1951年)が第24回アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞、翌年には共同執筆した同じくフレッド・ジンネマン監督の『テレサ』でアカデミー賞原案賞にノミネートされた。1968年には、ポール・ニューマンが監督した『レーチェル レーチェル』でアカデミー賞の脚色賞にノミネートされている。テレビドラマの脚本も手がけ、テレビミニシリーズ『Sybil』(1976年)はエミー賞を受賞した。2015年2月2日死去。
撮影|ラズロ・コヴァックス
Laszlo Kovacs
1933年、ハンガリーに生まれる。親友であるヴィルモス・スィグモンドとブダペストの大学で撮影技術を学ぶが、56年に起きたハンガリー動乱をきっかけにアメリカへ亡命。その後同じく亡命したスィグモンドと共にアメリカで撮影技師として働き始め、ロジャー・コーマンのもとで多くのB級作品の撮影を担当する。『イージー★ライダー』の撮影で一躍脚光を浴び、アメリカン・ニューシネマをはじめとして、ジャンルを問わず数々の話題作を手がけた。撮影を手がけた主な作品に『ペーパームーン』(ピーター・ボグダノヴィッチ、1973年)、『未知との遭遇』(スティーヴン・スピルバーグ、1977年)、『ニューヨーク・ニューヨーク』(マーティン・スコセッシ、1977年)、『ゴーストバスターズ』(アイヴァン・ライトマン、1984年)などがある。2007年7月21日死去。
音楽・出演|クリス・クリストファーソン
Kris Kristofferson
1936年、アメリカのテキサス州に生まれる。ナッシュビルを本拠地にカントリー&ウェスタンのシンガー・ソングライターとしての活動をスタート。60年代後半からヒット曲を数々世に送り出し、大御所ジョニー・キャッシュやウィリー・ネルソンと並び大きな賞賛を浴びる。俳優としての映画出演は『ラストムービー』が初めて。その後、サム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(1973年)で本作の題材にもなったビリー・ザ・キッド役を演じることになる。バーブラ・ストライサンドと共演した『スター誕生』(フランク・ピアソン、1976年)でゴールデン・グローブ男優賞を受賞。その他の主な映画出演作に『アリスの恋』(マーティン・スコセッシ、1974年)、『コンボイ』(サム・ペキンパー、1978年)、『天国の門』(マイケル・チミノ、1981年)、『ブレイド』(スティーヴン・ノリントン、1998年)などがある。
『ラストムービー』
1971年|アメリカ映画|カラー|ヴィスタサイズ1:1.85|DCP|108分|原題:THE LAST MOVIE
© 1971 Hopper Art Trust, 2018 Arbelos

監督|デニス・ホッパー
製作|ポール・ルイス
撮影|ラズロ・コヴァックス
脚本|スチュワート・スターン
出演|デニス・ホッパー
ステラ・ガルシア
ドン・ゴードン
ジュリー・アダムス
ダニエル・アデス
トーマス・ミリアン
ピーター・フォンダ
サミュエル・フラー
クリス・クリストファーソン
ミシェル・フィリップス
ディーン・ストックウェル
ラス・タンブリン

提供|キングレコード 配給|コピアポア・フィルム
地域 都市 劇場名 公開日
関東 新宿区 シネマカリテ 12月20日
  横浜市 シネマ・ジャック&ベティ 近日
  宇都宮市 ヒカリ座 近日
甲信越静 松本市 松本CINEMAセレクト 近日
中部・北陸 名古屋市 名古屋シネマテーク 近日
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関西 大阪市 シネ・リーブル梅田 1月31日
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中国・四国 広島市 横川シネマ 近日
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九州・沖縄 福岡市 KBCシネマ 近日